恋愛とは、私たちの人生の中に、ふと差し込んでくる光のようなものだと思います。
最初は、あまりにもささやかで、ただのまぐれや気の迷いのように感じられることもある。
でも、その光に目を凝らすとき、私たちは本当の意味で「誰かを見る」ことが始まるのです。
好きになるということは、相手の中に何かを見出すということ。
それは優しさであったり、強さであったり、あるいは自分が忘れていた欠片であったりする。
誰かを好きになるとき、私たちはその人を通して「自分自身」を見ている――
私は、そんなふうに感じます。
恋は鏡、でも時には炎
恋愛は、鏡のようでもあります。
その人に出会うことで、今まで気づかなかった自分の一面が浮かび上がる。
優しくなれる自分。嫉妬に苦しむ自分。相手に尽くしたいと思う自分。
逆に、何もかも投げ出して逃げ出したくなるような自分も出てくる。
そして時には、恋は炎のようです。
燃えあがり、すべてを照らし、時には焦がすほどの熱をもたらす。
触れれば温かく、近づきすぎれば苦しくて、でも目を離せない。
その炎が心の奥を焼いて、私たちを変えていくのかもしれません。
恋は決して穏やかで都合のいいものではなく、
むしろ不安定で、傷つきやすく、いつでも壊れてしまいそうなもの。
だからこそ、愛おしい。
恋は時間ではなく、深さで刻まれる
「どのくらい付き合ってるの?」
そんな問いに、私はいつも違和感を覚えます。
恋の価値は、時間では測れない。
5年一緒にいても心がすれ違ったままの恋もある。
一週間で一生分の心を交わすような恋もある。
恋は時間ではなく、その人と過ごした「深さ」で刻まれていくもの。
どれだけ心を開いたか、どれだけ素直になれたか――
それが恋の濃度を決めるのだと思うのです。
愛は続くかどうかより、誠実だったかどうか
恋の終わりは、いつだって苦しい。
でも、それが終わりだとしても、決して無駄ではない。
その瞬間まで誠実であろうとしたこと、
相手を理解しようとした気持ち、
不器用でも精一杯だったこと――
それこそが、愛の証だと思うのです。
恋が続くかどうかは、運命や環境、タイミングに左右される。
でも、真心を注いだかどうかは、自分の魂が知っている。
それが、私たちに静かな誇りを与えてくれるのです。
恋とは何か。
私はいまだに、それに答える言葉を持っていません。
でも一つだけ言えるのは――
恋は、私たちが「生きている」と感じる瞬間をくれるもの。
その一瞬一瞬を、大切に抱きしめていたい。
それが、名もなき詩人としての、今の答えです。
MINORIさんにとって、恋はどんな「光」でしょうか?